カリギュラ効果の『カリギュラ』 超問題作の持つパワー

カリギュラ効果の『カリギュラ』 超問題作の持つパワー

書いた人 : nyalra nyalra

 カリギュラ効果。観たらだめ、行ったらだめと規制されたものほど、人は触れてみたくなってしまう心理。概念としては知っていたけれど、それが『カリギュラ』という映画そのものから生まれた言葉とは知らなかった。


 一部の国で公開禁止になったことで、日本含むその他の国で大ヒットした超問題作カリギュラ。あまりの残虐非道なエログロっぷりに非難轟々であるものの、だからこそ表現できた芸術性に熱狂的なファンがついた名作。


 その究極版。映画ではカットされたシーンかつ無修正で性器なども映るバージョンを、ぜひとも劇場で観たいと足を運んだ次第。つまり、僕も「そんな問題作のお手並みを拝見させてもらいますかな……」と、まんまとカリギュラ効果を抑えられず自ら蜘蛛の巣へ引っかかってしまったのだ。

 引っ張りことでないからさっさと答えを言うと、とんでもないくらい好みの一作でした照。



 とんでもない巨額のかかった本気の露悪。どこを切り取っても美しい血と性が飛び交う、そりゃ当時のピュアな人にとって「こんなもの許してはいけないくらいのゴミ」扱いされても仕方ない。無修正のちんぽ100本くらい、この3時間で観ることとなる。


 しかし、そうでないと「人類史に残る狂気の権力者」の業を表現できない。カリギュラは思いつくまま残虐非道な拷問やセックスを謳歌する。

 一方、その強欲さ故に「金」にも貪欲で、国営の風俗や隣国の領土支配などへ乗り出す。どんどん国は強くなり低俗な快楽が入り混じっていくので、なんと国民たちにとってカリギュラは良き皇帝であるわけだ。そうして鼻を高くした男は、傲慢にも神を名乗り始める。


 地上を遊び尽くした暴君の向かう先は天であり、やはり人は神にはなれない。言うまでもなく強大な権力には必ず革命がつきものであり、邪智暴虐の王は暗殺される。誰もがわかっている歴史の結末。

が、それまでの過程を一切の配慮のない赤い血で演出し、僕ら視聴者はショッキングな場面の連続に画面へ目が離せなくなっていく。つまり、僕ら民衆側が「歴史だから」「映像だから」と、そのグロテスクで非人道な行いに惹かれてしまうのだ。まさしく、観てはいけないと言われたからこそ興行収入的にも成功したカリギュラ効果そのものなのである。


 3時間に渡る徹底した露悪。

 そこには暴虐をどれだけ視覚的に、そしてアーティスティックに表現できるかへの強靭な意思があり、一度観たら忘れられないパワーがある。

ストーリーや演出どころか、「作品の在り方」そのものに惚れてしまったからには、きっと僕は永久に本作の衝撃が刺さって抜けないのでしょう。素晴らしい!


 現に、僕はすでに本作の美術、世界観が忘れられず、あの3時間へ再び誘われるように、二度目を挑戦したくなっている。もはや常識や倫理を越えた「魅力」に人は抗えないのだ。そういった本能を丁寧に丁寧に刺激する映画は僕にとって名作だ。カリギュラは当時の誰がどう言おうと、こうして歴史に語られる超問題作であり、不朽の名作なのである。


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