NEEDY アニメと人間 スタッフの覚悟

NEEDY アニメと人間 スタッフの覚悟

書いた人 : nyalra nyalra


 NEEDYアニメの大きな発表がありました。


 どのような思いかは、スタッフコメントで出した以上のことがないので引用致します。


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自分がこれまで生きてきた30年分のすべてを注ぎ込んだ結果、自傷・薬物・宗教・セックス、あらゆる要素が考査に引っかかりました。


そのたび、アニメスタッフたちが全力で「規制を恐れて作品の魅力を損なうことは絶対に避けたい」と粘っていただき、NEEDYアニメは極めて原液の状態で完成していきました。


NEEDY GIRLという概念が世に存在する意味を、「この作品でしか描くことのできない表現がある」と強く信じてくれたスタッフの熱意と理解度を鑑みて、僕は今作の存在価値を確信しております。


自分が赤裸々に書き綴ってきた脚本を演じる際、時に感情移入した声優さんが泣き出すこともありました。

瞬間、つまるところ今作で描いたこととは「人間」なんだなと直感します。


多くの方がNEEDYに対して「インターネット」を中心に議論してきました。


僕自身、子供のころから今まで見てきたインターネットの酸いも甘いも、そのまま原作ゲームにて書ききったと自負しております。

そんな作品のアニメですから、当然「インターネットとはなんだったのだろう」と考えなければなりません。

今回も友達と作った新曲のタイトルも『INTERNET ANGEL』ですし。


ゲームをリリース後、その大きな反響にて僕もまた世界中の不特定多数と接続されていき、時に罵られ、時に憧憬をぶつけられ、時に愛され、時に攻撃されました。


いったい、顔の見えないこの人たちとはなんなのだろう。


流行、推し、信仰、冷笑、炎上、消費、アルゴリズム、SNS、愛憎、インフルエンサー、ポップ、カルチャー、批判、サブカル、メイン、イラストレーション、アニメーション。


僕の結論は、「人間」でした。


インターネットの正体は、なんてことはない、「人間の集まり」なのです。

匿名でもAIでもありません。

そこにいるすべては個人の集合体であり、まず人間があって、インターネットがあります。


長い歴史の果て、ついに人類は小さな長方形を手に、光速で世界中の人々と繋がりました。

人類史初の大改革に、多くの人々はその功罪に悩まされます。

今では、過ぎた力を恐れ世界ではスマートフォンやSNSが規制されていくほどに。


その強大な磁場も、「人間」です。


単語一つの揚げ足をとって著名人を十字架に掛けて燃やすのも、名もなき少女が二次元を纏って想いを発信する様を偶像と崇め奉るのも、すべて一人一人の人間が行なっていることなのです。


インターネットの正体とは人間でした。


だから、僕は己が半生の一区切りに、13話分のこれまで体感した「人間の持つ真善美」を描ききることで、不特定多数の世界中と共に過ごした奇妙な青春をアニメーションなる総合芸術へと昇華せねばならなかったのです。

それには大きな痛みが伴い、過激であったり露骨な表現も含まざるを得ず、きっとたくさんの意見が飛び交っていくことでしょう。

それは皆さんが人間たる証拠に思います。


タローマンの映画が、「岡本太郎 人間」のテロップで締めた際、まさしくこれだと感極まりました。


僕も、あなたも、匿名でも、アニメアイコンでも、クリエイターでも、ROM専でも、配信者でも、転売屋でも、ファンでも、アンチでも、としあきでも、名無しさんでもない。


僕たちは痛みを感じる人間です。


nyalra

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 要するに、すっごくそのまま表現したいことを、人間そのものを描ききったつもりです。

 人間を描くということは、痛みを伴います。どんな者にも必ず表と裏、綺麗じゃない部分があります。

 むしろ、逆ですね。

 人は汚いところだらけであることを最大限隠して生活をしています。人が壊れていくのは、そのバランスを崩していく時です。取り繕った中身がポロポロと腹から漏れ、己が善悪の塩梅を失った時です。しかし、それでも生きて行かねばならならいのが人間です。

 正直、一度や二度。僕なんかはこれまで何度もバランスを崩し、たくさんの人へ迷惑をかけ、そのたび批判された立場です。この世界は、スマートフォンの登場によって新たなルールが生まれました。「画面越しに自身の痛みなく攻撃できる」ことで、人は低きに流れ、みるみるインターネットは戦場と化します。ネット世代を代表する作品としてNEEDYを時代が選んでしまった以上、逃れることのできないテーマです。

 殴る方も痛い。

 だから、人は基本的に他人を殴りません。身体的にも精神的にも。みんな痛みと罪悪感を恐れます。それが善と呼ぶか自衛と呼ぶかは分かりませんが。そんな折、人類は投石や弓矢を発明し、自身の手に「人を殺した」感覚なく殺人ができるようになりました。延長し、人は銃やミサイル、現在ではドローンによって、その手を血で穢すことなく人を殺します。スマートフォンとは、言葉によってそれを成し得る新たな道具です。

 良いも悪いもリモコン次第。つまり、結局は人間が全てであって、インターネットだ、スマートフォンだって話はまた別なのですね。人間が、画面の向こうとはいえ同じ人間に対してどう向き合うかでしかない。


 そういうことですね。



 テーマを描き切るには、多くのキャラクターが必要でした。

 劇場先行版を通し、皆さんが好きになってくれると嬉しいな。

 お久しぶりさんのキャラクターデザインなら、動いてしゃべっている姿さえ観てもらえたら一瞬さ。もうしばらく、「誰こいつら」と思われてしまうのは仕方ないとして、どうせあなた方は観たら好きになってしまうでしょうし、そうならなければ僕の力量不足ですから。



 アニメプロデューサーの木村さんが、NEEDYを取り巻いていた問題に対し、まだまだ解決しないこともある中、少なくともにゃるらとお久しぶりさんは今も昔も、このアニメに全力で取り組んでいると表明してくれました。



 僕が去年に受けた傷は非常に大きく、それでも今は「この13話分のアニメを走りきりたい」一心で立っております。Yoster Pictures、ANIPLEXはとても良くしてくれています。仕事を越えて、もはや戦友として支え合っていると信じています。数年一緒にやってきたしね。問題の該当人物とも、いずれは僕らの団結と信頼、熱意が届くと信ずるほか現状はありません。

 どういった経緯であれ、僕らはアニメに関して楽しんでもらいたいのです。

 触れるか触れないかで議論もあったところで、一つの覚悟、ファンや僕らへの誠意として堂々と表明して頂いた木村さんに感謝の念は尽きません。これもまた、人間がサラリーマンであることを超えて感情のある証左に思え、敬意を表します。

 木村さんは「観てもらえたら絶対に魅力がわかる」とアニメを信じ、とにかく一人でも多くの方を先行上映やアニメ放送時に引き込もうと全力です。「こんなに良いアニメを作ったのにコケたとしたら宣伝の失敗だ」と腹を括って覚悟完了しています。僕もまた、彼の情熱と信頼に応えんと全力ですよ。ああ、嬉しいことですね。



 ゴタゴタもちょっぴりネタにしつつ、久々に超てんちゃんへ前向きに触れられた気がします。サクッとたくさんの傷を自嘲し、揶揄い、痛みを引き受けつつ進んでいく彼女の姿を再び描けたこと、この動画は現場のノリで急いで作ったものでしたが、僕はここから新たなNEEDYの旅路のスタートなんだなと感慨深いのです。


 何卒、13話分の結晶を、行ってくれるからは来月の劇場先行版を観ていただけたら幸いです。




 最後に、虹ノ咲だいあさんへ、ありったけの感謝といいねを伝えさせてください。


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