↑前回。
サブタイトルがUKロックからテクノへ。
ちなみに9話タイトルも……。実は、これは偶然に過ぎないのですが、もしかしたら僕の脳内での無意識が導いた結果かもしれません。全体の選曲のイメージは、最終回後には納得してもらえるんじゃないかなと気に入っています。
冒頭のあめちゃん。
このカット自体は可愛くて色気はあるけれども、基本的に僕は肌色多め、かつこういう場面でのテロップ表現はなんだかなと思うくらいに、あんまりセクシー要素は好きではないです。アニメでの超てんちゃんがストレスMAXで常に爆発しているのは気に入っています。
本編としては、ようやく話が進みます。
なんと、今回は初の「次回に続く!」的な内容ですね。すごいことだ。というわけで中継ぎのような回で、ちょっぴり日常回風味です。

ここからは、話のそれぞれのキャラクターの持つテーマについての解説も入っていきます。
なんと、ナレーションは、『窓ぎわのトットちゃん』で黒柳徹子の幼少期(トットちゃん)を演じた子役・大野りりあなさんです。なんてハキハキとした立派な仕事ぶりなのでしょう!
現場でもたいへんプロフェッショナルな働きぶりと仕草で、齢9歳にしてすでに完成されており、退室時に「また呼んでもらえると嬉しいです」とまでご丁寧に言っていただき、こんなカスのような大人が変なアニメに呼んで申し訳ないなとドキドキしながら、「ありがとうございました!」と深々頭を下げたものです。

終盤の『カラマーゾフの兄弟』も然り、これからは終盤に向けて稀に文学などの引用シーンが入っていくよ。


今回は、宮沢賢治でした。
「ほんとうのさいわい」は、自分も常に考え続けている概念です。
賢治自体が「さいわい」の解釈についてで書き直しを行なっていることも含めて、ずっと考えています。
本編内でも話した「第三次稿」と「第四次稿」の違いの話ですが、なんと両方とものラストが混ざったバージョンも存在しており、昔、周央サンゴさんによる朗読をBGMに眠っていたら、オチで知っている箇所たちが入り混じった謎の展開が始まり、その違和感のせいで「今のは夢だったのか!?」とびっくりして飛び起きました。
後に、サンゴさん自身もコメント欄の反応から知ったようで、彼女が所持していた『銀河鉄道の夜』は、非常にレアなバージョンであるそうです。そんなこともあるんだね。基本、皆さんがふと読んだ銀河鉄道はだいたい第四次稿です。
第三はこちらで読めるよ。


SL銀河の最後の運行へ乗りに行ったなあ。
白鳥の停車場……。


お出かけ時。
もちろん、あめちゃんと違ってそれなりに身バレするけれども、別に怪しいことはしていないのであんまり問題じゃない。ニチアサ系のアーケードゲームで遊んでいる様子がよくファンに盗撮される。

「超てんちゃんとあめちゃんが交互に見える」と脚本を書いたのですが、その解釈としては満点な演出に大満足。かっこいいぜ。


重い話が続くので、箸休めのカートゥーン。僕は全編カートゥーンでもいいんだけれど……。可愛い!
Orbittenさんの短編アニメが大好きで、どストレートにお願いしました!
ありがとうございます。
すっかり髪色もファッションも馴染んだ新かちぇ。

この赤い丸なんなんだ。
ベッドの上に棺桶置いている。


このあたりの演技には現場皆がこだわり、何度も何度も叫ばせてしまう結果となり、椎名さんには申し訳がない。けれども、どんどん迫力も出て美血華のキャラクター性に奥行きが出せたなあと嬉しいかぎりです。
6話で抽象的に美血華のテーマはやりきったように思わせて、ぐいっと問題を起こせてよかった。


この家にこんな場所が……。
裏で朗読されている(メインキャストの声優さんたちが子役として読み上げてくれました)カラマーゾフの兄弟、長老の話部分は、要約すると「人類全体を愛するようになると個が蔑ろになる」といった内容です。ドストエフスキーらしい話ですよね。人類全体を思っているからこそ、一人一人の小さなことに苛立つという本末転倒。なんと人間らしい!



というわけで、9話へと続きます。
ちゃんと次回予告が今回の終わりと続いている……!
まさかの奇跡が……。
ちなみにCDのジャケットも……伝わるかな?
そろそろ、お久しぶりさんも「超てんちゃん描きすぎてきた」と言っていたので、いっそCDジャケットサイズなら頭部のアップだけでも目立ってかっこいいんじゃないかと相談しての一枚。
エンドカードは、けろりらさん。
超てんちゃんが半跏思惟像のポーズをしている理由ですが、当時僕とけろりらさんが理由なくタイ旅行中でして、その場で「けろりらさん……エンドカード頼んでいいですか!?」とバンコクで不意打ちしたからです。
微笑みの国、楽しかったね。
100万本記念くらいの時に、けろちゃんへはNEEDYでのショートムービーも依頼しており、久々にNEEDYでの仕事をお願いした形に。

紆余曲折あるアニメでしたが、これからは、どういうテーマで何が行われていくのか、どんどん種明かしされていくような展開です。序盤の方から散りばめてきた要素たちが繋がっていきます。何だか寂しさすらありますね。序盤・中盤のスローさに対し、ここからは一気に畳み掛けていきます。僕は中盤の個別エピソードたちもそれぞれ気に入っていますが、ここからはNEEDYという一つの作品が終わりに向かいます。
宮沢賢治も、ドストエフスキーも、テクノもロックも、マリリン・マンソンも、美少女ゲームも。
自分が半生かけて愛好してきたもの、執着していったものたちを、この作品へ置いて自身に一区切りつけていくような感覚で、ああ、自分はこうやって育ってきたんだなあとしみじみします。

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