↑前回。

僕の不眠が酷い際、無意識に冒頭、精神科でのあめちゃんとまったく同じことを言ったことがあるらしく、ヨーピクの稲垣さんが現場で「nyalraさんと同じこと言ってる!」と驚いていた。いっさい意識していなかったので自分でも驚く。
生来の鼻呼吸できない病気ゆえに、入眠と中途覚醒はずっと課題です。
アニメによって規模が拡大し、超てんちゃんは時折自走をする。
超てんちゃんは、その場のノリで宣伝を勝手に読み上げたりPRでセリフが書かれていることがあることも増えたのに対し、以前あめちゃんに関してはアニメスタッフたちの誰も触れない不可侵領域のまま。
まず、間違いなくこの子は僕の娘なのだろうなと思う。
海外勢たちは、僕にリプライで話しかける際、Ameを「your daughter」と呼ぶ。「アナタの娘のイラストを描きました!」「アナタの娘はすっごく可愛いです!」と。なんなら、僕がNEEDYとは関係がなく落ち込んでいると、それはAmeのためにならないと怒られることまであった。

糖糖はAmeの中国語訳。
僕が落ち込んでいると、あめちゃんが悲しくなるからそんなこと言わないでと、「娘がいるんだろ」と訴える。
そうは言われても、こんなわがまま娘のことなんて責任取りたくないんだが……と不貞腐れつつ、皆がタイムラインでわいわいファンアートを描いて見せてくれると、やっぱり「娘が愛されていて嬉しい」と感じてしまう。結局、この子は自分がお腹を痛めて産んだ子だ。

3話自体も、同じく。
今回の脚本は、非常に苦しみながら書きあげた。あまりに登場人物たちにシンクロしすぎたことで、心がみるみるか細くなり、その気迫は間違いなくアニメスタッフたちへ伝わった。1話、2話。僕も現場もまだNEEDYアニメをどう調理していくか味付けに試行錯誤している中、この3話の出来上がりを持って「このアニメに全力を懸けてもいい」と確信を持つ。荒削りの1、2話も可愛いんではあるけれど。以降、4話からは作風が定まり、自身としても結構な手応えを感じております。お楽しみに。
この3話脚本を書き上げた時に、どう転んだってこの作品をアニメにして良かったと胸を張れるなと、生命(アニメーション)が吹き込まれた黒髪の少女を観て、想う。

リリース前だったから、もう5年前の曲です。
Aiobahn、こかむも、ありがとう。お久しぶり先生も含め、いまも再び同じ熱量でNEEDYに勢揃いできている事実に、改めてお礼申し上げたい。
この曲の存在に、KOTOKOさんや桃井さん、その関係者たち(主にエロゲ周り)が、「私たちの世代の文化をかっこいいものとして再発掘してくれてありがとう」と感謝していたとリスアニの方が話してくれて、今もその言葉を誇りに思っています。当時からずっと電波を貫いてきたことが報われたと。きっとAiobahnも喜んでいますよ。
僕も知らない設定がどんどん増えていって面白い

ちなみに、このシーンの背景は、Aiobahnと一緒に散歩した西成の公園。
おっちゃんに、「俺、実は未来からきた預言者だからわかるんけど、世界から紙幣と労働は失くなった方が確実にみんな平和になる。でも、俺は中学も高校も漢字が書けなくて、このことを上手く伝えられねぇ。だからにいちゃんは、東京に帰ったらこの予言を百合子に伝えてくれ!」と頼まれたことを思い出しました。まだ、百合子には伝えていません。

あめ母の声優は、桃井はるこさんにお願いしました。絶対に、そうしようと最初から決めていました。このアニメにおいて、ある意味で最も大切なキャラクターです。一方、父親のことは考えていなかったので、アニメ側が好きな声優をいつの間にかキャスティングしてくれて、中井和哉さんの荒々しい声がアパートへ響くこととなり、その迫力に「すげえ……」と感動。あめ父自体は数分でどこかフェードアウトすることも含め、僕が父親というものを知らなすぎて興味もないことが、後から見直して自分でわかります。

モモーイと超てんちゃんが親子として会話をする様子は、僕にとっては衝撃の光景です。今も忘れられません。
小説『蜘蛛』にて、あめちゃんは「悪人正機」、自身を悪人と認識して葛藤している人物こそ救うべきという概念について語りますが、アニメでは蜘蛛に対して輪廻転生を視ます。
蜘蛛をあめちゃん、蝶を超てんちゃんに見立てる演出は、リリース後に膨らませたモチーフなのですが、蜘蛛が巣にかかった蝶を捕食する存在であることから、非常に気に入っています。

なので、中学時代のあめちゃんの生活時に流れるクラシックは、『タランテラ』なのですね。まるで鍵盤の上を這う蜘蛛を追いかけ回すような忙しいリズムが、仄暗い画面へ疾走感を与えてくれる。
中学あめ、かわいいね。
のちに生活保護になる高校の同級生は、昔からパニックになったら宮沢賢治の詩を誦んじる癖があり、彼曰く「世界で最も純粋な言葉だから」。コンビニ夜勤をしている彼の様子を見にいくと、人を恐れないように隠れてウィスキーを煽ってレジの中から「わたくしという現象は……」とぶつぶつ唱えていた。僕は、彼が不幸なまま蔑ろにされて終わる世界であった欲しくないと願う。

初潮と自身の死、「今日人を殺してしまった」と呟き、俯きがちな少女は大人になっていく。
痛みを知るたび、彼女のアイデンティティは複雑に絡まっていく。蜘蛛の巣状に拡がっていくインターネットに垂らした糸の行方は、地獄よりも静かな代わりに物哀しい。

自ら試練と非常な苦しみを体験された主イエスだからこそ、試練にあえいでいる私たちを助けることがおできになるのです。「アナタだけのデパス」を自称する、ネジが外れたインターネット・エンジェルも然り。

話には書かなかったけれども、悪人正機については、僕自体の命題としても常にまとわりつく。
例えば、あめちゃんの母は、ここまで来ると自らがだらしない毒親であることへ自覚的だが、それでも娘を育ててはいた。これも社会だ、生活だと、ある種の反面教師を果たしており、またその精神性の一端は確実に娘へ受け継がれている。子を成し、育児を進行している人間に対して、単純な善悪の物差しなんて意味があるのでしょうか。
Ameにもまた、母親の言動や行動は色濃く移った。
僕は、この映像を通した時に、自らの母と対話しているような心地になるのです。
エンドカードは、ピカゾさん。
ピカゾさんが落書き的にあげているラフ調が好きで、今回は敢えてその方向性で描いて欲しいとお願いしました。綺麗……。
アニプレの会議室にて、プロデューサーの木村さんとあーだこーだと言いながら動画編集した時間、楽しかったです。もっともっと画面に花が咲いてほしい。
5年前、若さゆえの向こう見ずな作詞としか言いようがないけれども、「アナタだけのデパス」ってフレーズをサビの最後に持ってきたことは、良かったな。

ゲーム開発中の、僕の自室でした!

ただただ美少女ゲームやアニメや漫画が大好きで、「自分でも何か一つ作ってみたい!」と、友人たちを集めた頃の、僕の自室です。

来週からは、かちぇも頑張れ!!!
コメント (5)
コメントを残す