ダークナイト 消極的な善

ダークナイト 消極的な善

書いた人 : nyalra nyalra

※2024年10月21日に投稿された記事の再投稿です


 ジョーカー2を観ないかと友人たちを誘ったところ、無印を観ていないとのことでいっしょに『ジョーカー』を観た。好きな映画だ。身につまされる箇所も多い。


 友人は途中から、どうしても『ダークナイト』も観たくなったと話し、続けてダークナイトも視聴。4時間半のジョーカー漬けで、ジョーカー2への復習は完璧だ。ジョーカーを観た感想としての「早くダークナイトでアーサーが暴れているところも観たいぜ!」が豪快で、友人の楽しみ方も面白かった。男はどうしてもダークナイトが大好きで、どこまでそれを揶揄われても止められないものなのです。


 とはいえ、僕もダークナイトをがっつり観るのは久方ぶり。何度観ようともヒース・レジャーのジョーカーに痺れてしまう。やっぱり振り向く動作一つとってもカッコいい。ズルだ。


 でも本作で一番好きなのは、「二隻の船にそれぞれ相手だけが爆発するスイッチを渡されたのに、どちらも押さずに人間を信じる決断をする」シーン。

 押せば向こうの船が爆破され、自分たちは助かる。片方は囚人の船。乗客たちは大パニック。そんななかで、「両方ともスイッチを押さなければ爆破しないまま済む」と正しい判断ができるか。そもそも押さなくともジョーカーが爆破してくる危険性も込みで。

 囚人たちは迷わずスイッチを海に投げ捨て、一般人たちは押そうと立ち上がるもやはり起動せずに諦めた。この瞬間において、彼らはジョーカーの悪意に打ち勝つ「善」となった。初見時から最も魅入られた要素。こんなにストレートに善が描かれると思っておらず、ジョーカーと同じく度肝を抜かれてしまったのです。


 自分ならどうするだろうか。まあ現実的には傍観する乗客モブで成り行きを見ているだけかもしれないが、心情として。

 僕ならスイッチを押さずに死を受け入れるでしょう。しかし、それは消極的な選択で。というかここでの正解は「相手も押さないと信じる善性への信頼」なわけで。僕の場合は、「まあ相手側もそれなりの確率で押すんじゃない?」と諦念も混じっている。死んだらその時はその時と諦めただけで、人間は善と信じてはいない。

 友だちの一人はジェットコースターなどが苦手で、曰く「万が一の事故を想像してしまうから」だそうだ。危険なアトラクションたちは、今日も世界のどこかで万が一の事故が起きている。わざわざ自分が事故へのくじ引きを行うのがイヤなのでしょう。なるほど。


 僕もジェットコースターに乗る前は「万が一」を想像する。一人で海外を歩く時も。特に僕は取材精神と好奇心が強く、治安の悪いところへ敢えて飛び込むことも少なくない。刹那、脳裏に過ぎるのは「何かあったらその時はその時」という能天気な思考だ。まあ低確率の不幸を引いてしまったなら、それは運が悪かったということで受け入れようじゃないか。死も込みで。

 話を戻すと、それはジョーカーが爆弾を仕掛けた船に乗るのも同じことで、特大のハズレクジではあるものの、引いちゃったならまあしょうがないかなと。どうせ相手の方を爆破して何百人の乗客を見殺しにした罪悪感を背負ってまで生きるのも御免だし、なるようになるまで瞑想でもするんじゃないか。他の乗客がスイッチを押したら、それもその時はその時で。我関せずとまで割り切ってはいないものの、消去法でそのまま押さずに座っているでしょう。


 という想像があったうえで、囚人はスイッチを投げ捨て、一般人は直前で押さないことを決断するなど、「正しい選択」をした。積極的に善へ突き進んだ。これは僕にはできないことで、結果的に「押さない」ことは自分と同じでも、過程と思考がまったく違う。死んだら死んだでいいじゃないかと、流れに身を任せることは誰でもできても(この心境のモブが一番多いんじゃないか)、正しさを選択までできる人間は一握り。彼らの正義がジョーカーの悪巧みを覆す。いい映画!


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コメント (1)

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♡mayatang_chan♡ 1ヶ月前
Nyalra now you make me wanna watch all of the movie maybe when I don't have class anymore I will watch it in one go! Have an early goodnight