内面、宗教、闘病、創作。

内面、宗教、闘病、創作。

書いた人 : nyalra nyalra

 癌へと挑んだ闘病患者の本を読む。16年前、16歳の若さで亡くなった少年の生きた記録。


 死が近づくに連れ、生者への嫉妬が増える。「自殺をする人間が許せない。自分が代わりに行きたい。死にたい死にたい言っている人間を屋上から押してやりたい」と。「ニートのような生きる気力がない人間も嫌いだ」とも書き連ねている。彼は、生きたい。普通の高校生としてオタクな青春を謳歌し、ゆくゆくは趣味のプログラミングを仕事にしたいと希望を抱いていたはずで。

 本心を残してくれて、それを全世界へ発信してくれて、感謝を述べたい。この方は16の若さで亡くなったものの、完全に同世代だ。「ダブルオーの劇場版を観たい」と残しており、同時期に僕は観た。対話の重要性はつねに心に残っているくらいに忘れられない一作となった。闘病中の彼は、劇場版を観ることは叶わなかった。

 闘病中の者がネットで過激な意見を投げることは珍しくない。

 国の医療制度、遠巻きに好き勝手に言い散らかす読者。前述した彼もそうであったが、「神」に怒りを示す人もいる。

 当然、死の淵に立たねばわからぬ心境はあるわけで、そんな内面を読ませていただいて(書籍代は払っているが)ありがたいことこの上ない。僕は「内面」のマニアだな、と最近わかってきた。


 漫画家の友人と喫茶店で雑談をした。

 彼は、NEEDYアニメの試写会の時にも何かを感じてくれたらしく、長文で多くのことをブログへ書いてくれた。記事内にも書いてあったように、ボツが続いて落ち込んでいるようだった。

 僕なんかが意見を述べても仕方がないが、試しにネームを読み、彼の趣味が程よく現れていて元気が出た。人を選ぶ作風ではあるが、最初から人を選ぶ雑誌であれば面白くなりそうだなと感じ、伝えた。多くの一般層を拾いにいく雑誌であれば、必ず編集は「一般に受けるための主人公」の話をするだろうし、そのたび書きたいものからズレて苦しむ様子はすでに記事内でも吐露されていたし。

 ある程度の人格や事情を知っている者が書くもの、何であれ興味深い。ツイートすらそうだった。この人は、こういうことを書く、または「表で見える部分ではこうやって振る舞う」という、本人の主観や客体のバランスを見ることが大好きだ。僕は、こうして毎日日記を書いて内面を野放図に放り投げる罰を受けているし、創作においても内面の話を中心に書く。

 他人の場合は、こうやって出力されるんだという見方で眺めると、だいたいのことが刺激的だ。

 みな、変な人に絡まれるのを恐れ、有名人や創作者はどんどん日常のつぶやきを減らした。すごく残念だ。作品とも違った日常のぼやきには、僕のような人間からすればもはや創作物の一つのようにありがたいのに。

 なので、どんな形であろうと、僕と仲良くしてくれる人が創作に挑戦するたびに応援をするし、もし僕でよければ相談してくれるならいつでも聞こうと思っている。


 それはそれとして。

 「自殺をする人間が許せない」と、入院生活の高校生が怒りをあらわにする。しかも、その後に「普通に生きている人間の嫉妬」も吐き出し、不平等な神、それらを信仰して自分の思想を預けた宗教家への批判も添えて。自宅療養中、宗教勧誘がやってきたらしい。「じゃあ神様は自分を助けてくれるんですか」。当時の彼にとって、その一言だけで追い返せた。

 その通りに思う。

 宗教には、現代の視点では様々な矛盾がつきまとう。

 全知全能の神様がいるなら、なぜ戦争が起きるんですか、病気が起きるんですか、彼のように罪人でもないのに理不尽に苦しむ人間が生まれるのですか。それらへの答えはたいてい「神は人間に試練を与えている」と説明される。

 もっと大きな部分。

 当初の聖書で描かれている「世界」とは、中東とヨーロッパなど、世界の半分のことしか載っていない。だって現在のアメリカ大陸は発見されていないのだから。「全人類を救う」ための事柄が書いてあるようで、まだ未開の残り半分のことは何ひとつ考慮されていない。神様が、神の子イエスが全部を知っているなら、世界の反対側にも文明があり、そこにも土着信仰があると触れるべきではないか。

 ましてや、ユーラシア大陸の人々は、ついに彼らを発見した際に行った悲劇は、絶対に避けるべき所業であったのに。それも人類に与えた試練か?


 けれど、僕は宗教は必要なものに思う。

 じゃあ、無神論者の人生は必ず満足足る者になるか?

 そうではないはずだ。冒頭に書いた自殺志願者は、特に日本では概ね無宗教でしょう。だいたいの宗教で自死はタブーだ。むしろ宗教家であればあるほど自殺への躊躇いは出てくる。

 とはいえ、そんなこと、日に日に衰弱して無菌室に血反吐を撒く生活の少年に一切関係がない。

 人間には様々な事情と環境がある。屋上に惹かれる自殺志願者にも。

 人間の数だけオリジナルの感情と心境がある。

 それらを正確に読み取ることは、神にもできはしない。現に、神様とやらが存在していたとして、「試練だからいいや」と明らかに人類の管理を放棄しているからね。年々、スマートフォンに負けて信仰自体は薄らいでいるのに。

 インターネットとは、現実では届かせにくい本心を曝け出し、複雑な偶然と偶然が重なり合って、時に芸術へと昇華する場所であってほしい。

 自殺について延々悩んでうじうじしてしまう人間も、それを憎んで明日を夢見る闘病患者も、熱心な宗教家も、全員が居ていい。そのまま内面を出す事に興味がないから創作の形で発揮する求道者も当然たくさん居て欲しい。

 感覚はつねにオリジナルです。

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