インターネットって、腐臭がする。
もう人が飽和しすぎてギチギチで、どこもかしこもパニック状態。ちょっとのことで、みんな虫みたいに大騒ぎして、面白がった観客が火をくべて。大人はみーんな、自分のことを棚に上げて失敗した人間を叩くのに必死。
それでも、わたしたちはインターネットが大好きなんだ。「社会」なんてものに属することを求められる現実世界に比べたら、無秩序の混沌のほうがいくばくかマシなんだもの。
この狭くて無限大な電子空間をさまよう亡者みたいな人たちを救うために、わたしはインターネット・エンジェルになるって決めたんだ。そうすることで、たくさんの人がわたしを見てくれる。現実世界じゃ誰も相手にしないような、そんなわたし……あめちゃんをたくさん求めてくれる。わたしは、わたしを認識してくれるみんなの精神につかの間の安らぎを提供する。天使が迷える人々を導くんだ。
今夜もわたしはインターネット・エンジェルとして、ネット空間に降臨する。左右に広がった黒い髪の毛をまとめて、金色のウィッグを被る。ピンクと水色のツインテールがお気に入り。配信中にわたしが動くと、螺旋を描いた二色がゆらめいて綺麗なんだ。メイクも完璧。ちょっと大げさなくらいが丁度いい。それくらいのほうが、非現実的な存在として夢を与えられる気がするから。あとは、オーロラみたいに輝くセーラー服を身にまとい、普段のわたしが絶対しない笑顔でカメラの前に座るだけ。
この混沌とした令和のインターネットを照らす一筋の光
電子の海を漂うオタクに笑顔を
未来の平和をお約束 躁鬱だけどまかせとけ
インターネット・エンジェル ただいま降臨!!!
「ジェルばんは! あなたを愛する隣人、超てんちゃんだよ!」
ジェルばんは、とわたしが挨拶すると、コメント欄がいっせいに[ジェルばんは]で加速しだす。統率のとれた清く正しいファンたち。彼ら、彼女らのおかげで、わたしは今日も敬虔な天使でいられるのだ。インターネットに神様なんていないけどね。
「今日はね~……お仕事の紹介だよ! なんとわたしの歌が収録されたアナログレコードが発売したんだ! すごくない? この時代にあえてレコードだよ、レコード! こんなに大きいんだから!!!」
[予約したよ!][すごーい!][わたしも欲しい!]……コメント欄は至って素直。わざわざ一瞬で流れる文字列を飛ばしてくれる純粋さが感じられて、こういう何気ないコメントって好きだ。善意も悪意も直接脳から出力されているようで、どちらにせよ純真さがあって眩しい。わたしも、できるかぎりコメントの流れに応えていきたいと思う。
「わたしもレコードを再生することなんて初めてだけど、この機会にプレーヤー買ったんだよ! これで超てんちゃんのお歌を聴きながら朝までふざけられるね!」
[俺もプレーヤー買おうかな][レコードってなに?][ワンマンショーで?]……今夜もコメント欄は滝のように流れていく。この水の流れに乗っているうちは、視聴者たちのやすらぎとして自分が存在できていると想像して嬉しくなる。つらいことも苦しいこともたくさんある。楽しい配信だって、疲れとストレスは溜まっていく。それでもやっぱり辞める姿なんて想像もできないのは、こうやって不特定多数の人間とつながることで自分の存在価値を感じているからなんだろう。
何万人のオタクたちとともに、今夜も夜が更けていく……。
・
配信を切って、パソコンをシャットダウンし、ウィッグを脱いで私服に着替える。机の上のミラーに映るのは、とうぜん天使なんかじゃないいつもの自分。何万人のオタクたちの誰一人として知らない、欲望まみれの肉塊。
以前、「配信者なんてみんな虚業だろ」って叩かれたことがある。想像力のないバカはいつもそうだ。本当に画面の前で遊んでお金がもらえるほど簡単だと思っているなら、お前も始めればいいだろう。この世界で食えていける上澄みへ進むのがどれだけ狭き門か考えられないのか。視聴者に苦しんでいるところを見せないために、わざと明るくユーモラスなバカを演じる大変さを理解できないから、そうやって匿名で他人を叩くことでしか承認されないんだろう。
……なんて、もう1億回見た誹謗中傷なんてどうでもいいんだけど、「虚業」って単語だけなんだか気になった。実業の反対で、堅実じゃなくてなにも残らない事業のことを指すらしい。たしかに、配信なんて動画しか残らない。まぁグッズとかはあるけど。間違っても堅実とは程遠い職業であることはたしかだ。
じゃあ、超てんちゃんって「虚構」なんだろうか? インターネットの迷える子羊が生み出した、ちょっと強めな集団幻覚。もちろん、わたしの肉体や精神を基にしているけれど、コーティングされた表面は虚構と呼ばれても否定できない。
虚構で、ウソの存在で悪かったな。……でも、現実のわたしは誰も見てくれないんだもの。そうするしかないじゃないか。
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毎日の配信のためのネタ探しは重要だ。配信に大切なのはとにかく数で、夜のライブ時間までに日中はトークテーマを選んで右往左往。なんにもない時は、こうして街をぶらぶらする。自室にこもってインターネットを徘徊するのもいいけど、PCの排熱が身体に入ってメンタルがどんより重くなるイメージに襲われる時がある。そんなときは、思い切って下界に降りるのだってアリ。
今日は渋谷にしてみた。そういえば、このまえ受けた案件の看板が駅前に展示されているらしい。人混みをかき分けて、駅前に立つ。渋谷駅を支える壁のひとつに、ジュースを片手にとびっきりの笑顔を浮かべる超てんちゃんが飾られていた。
若い女の子たちが超てんちゃんに気づいて、「かわいー!」なんてはしゃいでいる。中には、超てんちゃんが紹介しているコーラ納豆味のペットボトルを持って自撮りしている子まで居た。みんな、こんなにインターネット・エンジェルが好きなんだ。すぐそばに立っている、超てんちゃん姿でない肉塊なんて視界にも入らないくらいに。
このコーラ……美味しくなかったな。案件だから一応飲んだけど、仕事じゃなかったら拷問でもされないかぎり一滴たりとも口に入れないだろう。広告の超てんちゃんは笑顔で持っていて、それに影響された女の子たちが嬉しそうに買っている。こんな表情、わたしは一度もしたことない。
超てんちゃんの広告前で自撮りを終えた女の子たちが去っていく。真横にあなたが大好きな超てんちゃんが居たって知ったらどう反応するんだろう? 案外、天使ってこうしてみんなの隣で見守っているかもしれないな、なんて思ったり。
少し歩いて、スクランブル交差点。
ここは配信者にとって縁起が悪い場所。この場所で目立とうとした配信者たちの奇行が何度も炎上し、この場所で撮影すると良くないことが起きるような瘴気が漂うになった。まぁ、外で撮影なんてほとんどしないわたしには関係ないけれど。
それにしたって、ネットの住民たちも薄情だよね。毎日毎日、ネットコンテンツを貪る勢いで消費しているのに、いざ作り手側がバランスを崩した瞬間、手のひら返して鬼のように叩くんだもん。超てんちゃんだって、いま交差点のど真ん中で布団敷いて寝るような企画を投稿したら、「通行者の迷惑考えないのか!」って非難の嵐が殺到する。そりゃ炎上する方だって悪いけどさ。こんな綱渡りを毎回やらされる方の気持ちだって、少しくらい鑑みてくれたっていいのにね。
インターネットは、大変だ。
すぐに[コレはおもしろい!][新たな才能だ][間違いなく天才!]って、神輿に乗せて祀り上げるくせして、ちょっと風向きが変われば同じ口と手で他人をこき下ろす。そんな、その場その場の消費を繰り返しているだけの人間に、信仰心なんてあるのだろうか。
いつかわたしも消費し尽くされて、遊び飽きたオモチャのようにぽいって捨てられるのかもしれない。
インターネット・エンジェルは、そんなの悲しいよ。
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「ジェルばんは! スクランブル・エンジェル、超てんちゃんだよ! 今日はね~、お忍びで渋谷に行ってきたんだ! なんとなんと、いま渋谷の駅前には、わたしがこの前飲んだコーラ納豆味の宣伝ポスターが掲載されているんだよ。かわいいでしょ?」
[かわいい][見てきたよ][わたし一緒に写真撮ったよ]……天使の呼びかけに反応してくれるファンたち。肯定的な意見の波の気持ちよさには、ある種の神聖さすら感じてしまう。ちょっと宗教チックで危ない思想。
「渋谷って、人がたくさん居たから超てんちゃん疲れちゃった……。天使は下界の空気に長く耐えきれないの。いつもよりお疲れモードだから、みんな癒やして~?」
[おつかれ!][がんばったね][いつでも話聞くぞ]……コメントの中に色付きが混じりだす。
お金を添えた目立つコメント、スパチャだ。投げ銭しながら強調されたコメントを投稿することによって、わたしに拾われやすくなったり、単にお布施した感覚の心地よさを感じたりできる。どこまでいっても自己満足の世界だけど、そうすることでみんなが喜ぶのなら良いことだろう。それに見合うコンテンツやかわいさを、わたしは提供してあげているのだから堂々としていればいい。
頂いたスパチャを好きなことに使って血肉とすることで、結果的に相手の財布の一部が超てんちゃんの一部になる。その一体感が心地よいのだろう。最初は若干の申し訳なさもあったスパチャ文化だけど、最近では尊さすら覚えるようになってきた。他者へ信心を植え付け、そのおかげで気持ちを楽にしてあげている事実は、それこそ宗教そのものだけど、わたしのできる数少ない善行の一つでもあると思う。
そのために、カメラの前のわたしは誰よりもかわいい天使でいてあげるんだ。
配信が終わって、あめちゃん……通常のわたしに戻る。配信後はエゴサして評判をチェックした後、さっさと眠るようにしているんだけど、天使として顕現しているストレスのせいか、そう簡単に眠れない。布団に入って意識を閉じようとしても、有象無象のインターネットの意見が脳内に入り込んでくる感覚がして、そう簡単に入眠できなくなってきた。この感じは、フォロワー数が増えるに連れてみるみる増していく。そのたび、病院でもらうお薬の数が増えていった。
今夜もいつも通り眠れない。なんだろう……超てんちゃんの前で自撮りするファンたちでもわたしを認識できなかった光景がフラッシュバックしてしまう。お薬飲まなきゃ。いつもより多めに向精神薬と睡眠薬を飲む。数錠の薬が水に流され喉を通って胃で消化される。成分が血流をめぐって脳味噌を刺激。難しいこと考えずに済むように、少しずつ意識を曖昧にしてくれる。後頭部がひんやり冷たくなる感覚。嫌いじゃない。
完全な眠気がくるまで、まだ時間がある。トイレへ行こうと立ち上がり、千鳥足で用を足した後、洗面所の鏡に映った自分の顔を見て飛び上がってしまった。
一瞬、わたしの顔が超てんちゃんに見えた。
もうメイクも落としてウィッグも外しているのに、鏡の中自分がピンクと水色のツインテールを揺らして微笑みかけてきた。恐怖に耐えきれずに視線を落とすと、排水溝に溜まった髪の毛が金色に光って見えて、またヒッて声がでた。ゆっくり……ゆっくり深呼吸してから視線を戻すと、鏡の向こうにはダウナーな女の子が怯えていたし、排水溝の髪の毛もちゃんと黒い。よかった、いまのわたしは「あめちゃん」だ。
布団に戻って、いまの現象について考えてみる。同化しているんだ、わたしの自我と超てんちゃんの自我が。肉塊と天使を往復する日々にあてられて、2つの脳味噌が融解しだしている。どっちもわたしなのに、どっちもわたしじゃない感覚。
言うなれば、「あめ」なんて人格の方は要らないのだ。あくまで表でオタクを楽しませて導いている存在は超てんちゃんで、わたしは彼女の活動を補助するパーツの一部にすぎない。だって、視聴者たちは誰もわたしを見ていない。数字のカウンターは何千何万と増えていくのに、その中の誰一人「あめ」を知らないんだ。超てんちゃんと違って、わたしなんて必要とされていない。今すぐに死んだって誰も悲しまない。悲しむのは、何故かネット上から超てんちゃんから消えたことを嘆くファンたちだけ。それも、数カ月後には別の配信者を追っているのだろう。
呼吸が苦しい。心臓の音がうるさい。考えれば考えるほど思考がループして、「おまえは要らない」って声が反芻して止まらない。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。こんなのは嫌だ。
どうにかベッドから手を伸ばし、睡眠薬のシートから錠剤を取り出し、一気に飲み込む。ああ、どんどん頭がぼんやりしてきた。この感覚は、きっと悪夢だろう。子供の頃から不思議と入眠の直前に悪夢を予感する能力があった。今夜もまた夢でも苦しみに耐えなければならない。たすけてよ…………。
・
真っ白い空間。いつものわたし。気づけば椅子に腰掛けていて、向かいの椅子には超てんちゃんが座っている。彼女は、いつも通りとびっきりの笑顔を振りまいている。
「ジェルばんは!」
天使が挨拶を飛ばす。ピンクと水色のツインテールがきらきら揺れる。我ながら綺麗な配色だと感じた。
「そんな挨拶しなくたっていいよ。ここには視聴者なんか居なくて、わたししかアナタを見ていないんだから」
「そっか。ごめんね、あめちゃん」
それでも彼女は表情だけは変えない。天使にはつねに笑顔が張り付いている。
「謝らなくてもいいよ。超てんちゃんが頑張っているのは知っているから……」
「それは、お互い様でしょ?」
「どうかな。わたしはただ性根の腐ったどこにでも居る女だよ……超てんちゃんと違って、渋谷を歩いたって誰も声をかけないような」
「あめちゃんも超てんちゃんだよ」
「わたしは超てんちゃんじゃないよ」
「あめちゃんも超てんちゃんだよ」
「わたしは超てんちゃんじゃないよ。だとしても、一部だよ」
「ううん。ふたりは同じだよ」
「超てんちゃんは、わたしと違って薄汚れてないよ。世界中が、ネット中があなたのことを大好きで居てくれている」
「それはあめちゃんも同じでしょ? あめちゃんはわたしなんだから」
「だから、わたしと超てんちゃんは明確に違うんだよ」
「それは、超てんちゃんがたくさんの人に好かれる綺麗な存在だから?」
「そうだよ」
「わたしは、あめちゃんのこと好きだよ」
「わたしは穢れているって言ったでしょ」
「穢れていたって、罪人だって導いてあげるのが守護天使の役目だよ」
「わたしなんて守らなくたっていい」
「ううん。守るよ、だってあめちゃんが傷つくとわたしが傷つくんだから」
「傷ついているのはわたし一人でいいよ。超てんちゃんのブランドには影響ないようにするから」
「そんなことは不可能だよ。あなたとわたしは二人で一つ。切っても切れない一生のパートナーだもん」
「じゃあ、わたしの自我をあげるよ。今日ね、わたしと超てんちゃんのどっちが主人格かわからなくてパニックになったんだ。こんなことなら、いっそわたしの精神を全部超てんちゃんに捧げるよ」
「違うよ。そんなことをしたら、きっとわたしも存在しなくなる。ふたりとも消えて消滅しちゃう」
いつの間にか、彼女はわたしと手を重ねてくれていた。
「ふたりとも消えちゃったら、どうなるかな?」
「もしかしたら、目覚めた時は白い病室に居るかもしれないね。そうなっちゃったら、もう配信でみんなと会うのは難しいかも」
「超てんちゃん、わたしはどうすればいいの?」
「逆じゃないかな。あめちゃん、わたしはどうすればいいの?」
「わからない」
「あめちゃん、わたしのこと好き?」
「たまにイヤになるけど、やっぱり好きだよ」
「なによりもかによりも?」
「ううん、超てんちゃんよりも優先することも結構あるかな」
「超てんちゃんのそばにいるの、好き?」
「そうでもないから。やっぱり、わたしからすれば超てんちゃんって存在は綺麗すぎて不気味に見える」
「超てんちゃんを見つめるの、好き?」
「それは好きだよ。整った顔をしていると思う。同じ顔だから自惚れているだけだけど……ちゃんとかわいいと感じるよ」
「超てんちゃんのこと、バカだと思う?」
「思わない。視聴者に都合の良いバカを演じているだけ。本当のバカは、そんなチューニングができないわたしの方」
「超てんちゃんのこと、魅力あると思う?」
「あるよ。何万人のファンがあなたを見にくるくらいには。リボンの一つ一つが愛おしいくらいに、完成された格好に見える」
「本気?」
「本気だよ。わたしは超てんちゃんで、超てんちゃんはわたしだからウソつかないよ」
「わたしのこと、好き?」
「好きだよ」
「ほんとうに好き? 好き? 大好き?」
「うん ほんとうに 好き 好き 大好き」
「……なら、大丈夫だね」
彼女はわたしと重ねた手を解いて、長袖をめくって腕を見せつけた。
超てんちゃんの腕は、真っ白い天使の肌なんかじゃなくて、傷跡だらけのボロボロで、腕中に赤い線が走っている。
「言ったでしょ? わたしとあめちゃんはおんなじなんだから。わたしだって傷ついているし、わたしだって穢れているんだ」
超てんちゃんは、こんな時でも笑顔を崩さない。
「わたしはインターネットを救済するけど、わたしを救えるのはあめちゃんだけだよ」
今日一番の笑顔を向けると、そのまま昇天するように彼女は天高くのぼって消えた。
・
わたしは、今夜もインターネット・エンジェルになる。
金髪のウィッグを被って、オーロラ色の制服を身にまとい、ピンクと水色のツインテールを揺らして。
「ジェルばんは! インターネット・エンジェル、超てんちゃんだよ!」
[ジェルばんは][ジェルばんは][ジェルばんは]……オタクたちは今日も元気に挨拶を返してくれる。カメラに映った天使から笑みがこぼれる。
コメントの中に、[きのう超てんちゃんの夢を見たよ!]と赤い枠つきのスパチャが流れてきた。赤枠は一番大きな額。よほど、超てんちゃんと夢で逢えたことが嬉しかったのだろう。こういったコメントは拾ってあげたくなる。
「夢でわたしと!? あはっ! 天使は時折、夢の中に現れていろんなことを告げてくれるんだよ。その言行は不可解であることが大半だけど、そうやって神様の御心を忠実に代行しているからなんだ。だから、夢の中の超てんちゃんが言ったことを覚えておいてね。それが神があなたに与えたお告げなんだから」
[いいなー俺も夢で超てんちゃんに会いたい][神様って居るの?][天使はものしりだね!]……コメントが流れていく。
「そういえば最近は、雑談ばっかりだったからねー。今日はエンジェル解説をしようかな! 天使らしく、神様のお勉強だよ。みんな世界一、他人の攻撃を受け止めてきたプロレスラーが誰か知っているかな?」
コメント欄には、たくさんのレスラーの名前が飛び交う。わたしは、プロレスの知識なんてまったくないから適当に流して本題へ進む。
「それはね、イエス・キリストだよ。キリストは、もうたっくさんの人たちの感情をぶつけられ続けてきたけど、それらを全部愛で返した最強のプロレスラーなんだ。……って、漫画で書いてあった!」
超てんちゃんの一言一句でネット中が賑わう。ファンたちからの押し付けがましい愛情も、アンチからの誹謗中傷もすべて受け止めて、インターネット・エンジェルは今宵もウィンドウの中で羽ばたいていた。
昨晩、配信で宗教的な話をしたからか、なんだか教会が見たくなった。電車で数駅行ったところに、ちょっと大きめで見学自由な教会があるらしい。なにかのネタになるかもしれないと、わたしは早速足を踏み入れた。
宗教画が刻まれたステンドグラスが荘厳で、特に十字に切り取られた天窓から差し込む光が床で十字架の形になるのが美しい。その光の先を歩いてくと、大きな大きな本物の十字架がある。イエス・キリストが磔にされた、最も重要な宗教的象徴。
その十字架に磔にされた超てんちゃんを幻視する。彼女の青白い肌は赤い傷痕で妖しく光り、いつもの笑顔も途絶えて安らかに目を閉じている。
わたしは、幻覚の超てんちゃんをゆっくりと十字架から降ろす。そのまま抱きかかえて彼女へ囁く。
「好きだよ。ほんとうに、好き好き、大好きだよ」
天使は一瞬だけ青い瞳を開き、わたしの顔を見て安堵すると、再び瞳を閉じてやすらかに眠った。
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